浮谷東次郎の内省
浮谷東次郎といえばやりたいことに対して一直線というイメージのある人物だ。
そんな性格が、中学3年生で市川市から大阪市までの1500キロの距離をクライドラーに乗って旅をしてしまうというエピソードからもうかがい知ることができるだろう。
実際それだけの距離を走っていれば、普段自分が生活している場所とは違うエリアへも足を運ぶことになるわけだから、普段見ないものを見る機会も増えていくだろう。
そんな彼が旅の途中で出会ったのがスイカを売っていた少女なのだ。
旅に出たのは東次郎が夏休みのタイミングであり、夏といえばスイカのシーズンである。
当時の時代背景を考えると人が町でスイカを売っていてもおかしくないのだが、彼は「自分はこうしてあそびまわっている。あの女の子が一心にスイカを売っているのに。」と思ったのだ。
東次郎の気持ちを推測
彼は旅という名目で市川を出発した。
幼い彼がクライドラーに乗ってかなりの距離を旅したのはとてもすごいことではあるのだが、この旅というのは彼がしたかったことなのである。
見方を変えると、彼の旅は遊びの延長線上なのかもしれない。
しかしスイカを売っている少女というのは遊びでスイカを売っているわけではなく、お金のために仕事をしているのである。
この2人の立場を比べると、確かに東次郎の立場になって考えたときに自分は何をしているのかと思ってしまうかもしれない。
かたや好きなことをしている、かたや生活のために仕事をしているという立場になるのだから。
裕福だからこそ
スイカを売っている少女が居ることから推察すると、当時は子供がスイカを売るなどの手伝いをすることは珍しいことではなかったのかもしれない。
今よりも国民の生活水準は貧しいものだったのだろう。
しかしそんな少女が居る一方で、普通の庶民が乗ることができないクライドラーに乗って旅をしていた東次郎は間違いなく恵まれた環境下で自分の好きなことを満喫することができた立場にいたのである。
生まれた家は大地主の家で、ガス会社や自動車教習所なども経営していたような家柄である。
だからこそ、彼はやりたいことをやれていたわけだから自分がいかに恵まれた環境で育っているかを知れたのは大事な経験だったのかもしれない。
まとめ
クライドラーによる長距離の旅は、彼に大きな影響を与えたことだろう。
しかし注目すべきは自分が恵まれた環境にいることを素直に受け止めて自分を反省することができるという点である。
自分が好きなことをして楽しんでいる間も、年の近い人間が頑張っていることを素直に受け止めているのでる。
そこで自分のしていることを恥じることができる人間なのだ。
同じ環境にあっても、反省するという気持ちを持たず対して何も感じない人間も居る中で東次郎はきちんとそういう感情を持つことができたというのは彼の素直な性格を知ることができたワンシーンだ。